「宇宙は永遠に変わらない」という「常識」はいかに覆されたか:アインシュタインも驚いた膨張宇宙の発見
かつて「当たり前」だった静的な宇宙
私たちが住むこの広大な宇宙は、一体どのように存在しているのでしょうか。星々は生まれ、輝き、そしてやがて消滅していくように見えますが、宇宙全体としては、まるで永遠に変わらない、静止した場所のように考えられていた時代が長くありました。
これは、古代ギリシャの哲学者アリストテレス以来、多くの人々に信じられてきた考え方です。天空の世界は地上とは異なり、完全で不変であるという思想が根強くありました。そして、20世紀初頭に至っても、多くの科学者にとって、宇宙は全体として膨張も収縮もせず、時間によってその姿を大きく変えない「静的な宇宙」であるという認識が「常識」だったのです。
なぜ、宇宙が不変であると考えられたのでしょうか。それは、私たちの日常生活や、当時の天体観測で得られる情報が、宇宙がダイナミックに変化している証拠を直接的に示していなかったからです。星の位置はゆっくりとしか変わらず、宇宙全体が動いているような明確な兆候は見当たりませんでした。そのため、多くの科学者は、宇宙は定常的な状態を保っているのだろうと自然に推測していたのです。
アインシュタインも静的宇宙にこだわった理由
20世紀初頭、アルベルト・アインシュタインが発表した一般相対性理論は、宇宙のあり方を根本から記述できる可能性を持っていました。重力を、時空の歪みとして捉えるこの革新的な理論を宇宙全体に適用してみると、意外な結論が導き出されました。それは、宇宙は膨張しているか、あるいは収縮しているかのどちらかであり、静止した状態を自然に保つことは難しい、というものです。
しかし、当時の「宇宙は静的である」という強い常識にとらわれていたアインシュタインは、自身の理論が示す「膨張または収縮する宇宙」という結論を「不自然」だと感じました。そこで彼は、一般相対性理論の数式に「宇宙項」という特別な項を付け加えることで、無理やり静的な宇宙モデルを成り立たせようとしました。これは、理論の形を少し変更してでも、当時の「常識」である静的な宇宙像に合わせようとした、アインシュタインでさえも常識から完全に自由ではなかったことを示す有名なエピソードです。
このことは、いかに「宇宙は不変である」という考え方が、当時の科学者たちの間で強く信じられていたかを示しています。たとえ自身の画期的な理論が別の可能性を示唆しても、長年の慣習や観測の限界から生まれた「常識」は、簡単に覆るものではなかったのです。
遠ざかる銀河が示した「動く宇宙」の証拠
「宇宙は静的である」という常識に、決定的な疑問を投げかけたのは、アメリカの天文学者エドウィン・ハッブルでした。彼は、当時「星雲」と呼ばれていた天体が、実は私たちの天の川銀河の外にある、独立した巨大な星の集まり、つまり「銀河」であることを明らかにしました。私たちが住む天の川銀河も、そのような銀河の一つです。
ハッブルはさらに、これらの遠い銀河からの光を詳しく調べました。光のスペクトル(光を波長ごとに分けたもの)を分析すると、遠方の銀河からの光は、地球に近づいている天体からの光よりも、波長が長く(つまり、赤っぽく)なっていることに気づいたのです。これは「赤方偏移」と呼ばれる現象で、光を発する天体が私たちから遠ざかっていることを意味します。救急車のサイレンの音が、近づくときは高く、遠ざかるときは低く聞こえる「ドップラー効果」と同じ原理が、光にも当てはまっている現象です。
ハッブルは多くの銀河の赤方偏移を測定し、それらの銀河までの距離と、そこから算出される遠ざかる速さ(後退速度)の関係を調べました。そして1929年、彼は驚くべき発見を発表します。それは、「遠い銀河ほど、私たちから速く遠ざかっている」という関係です。これは現在、「ハッブルの法則」として知られています。
このハッブルの法則が意味するところは、宇宙全体が膨張しているということです。風船の表面に点を描いて膨らませると、どの点から見ても他の点が自分から遠ざかっていくように見えるように、宇宙空間そのものが広がっているために、遠くにある銀河ほど速く私たちから離れていくように観測されるのです。
常識の崩壊、そして新しい宇宙観へ
ハッブルによる宇宙膨張の観測的な証拠は、「宇宙は静的である」という長年の常識を根底から揺るがしました。多くの科学者がこの新しい事実を受け入れ始め、アインシュタイン自身も、かつて静的宇宙を保つために導入した「宇宙項」は不要であり、「生涯最大の過ち」であったと認めたと言われています。
この宇宙膨張の発見は、その後の宇宙論に革命をもたらしました。宇宙が時間とともに変化し、膨張しているのであれば、時間を遡ると宇宙はより小さく、より高密度で、より高温な状態だったはずだ、という考え方が生まれます。これが、現在の宇宙論の標準モデルである「ビッグバン理論」の萌芽となりました。
その後、宇宙マイクロ波背景放射(宇宙がまだ小さく熱かった頃の「名残の光」とされる電磁波)など、宇宙がビッグバンによって始まり、膨張してきたことを裏付ける観測的証拠が次々と発見され、宇宙膨張の考え方は確固たるものとなっていきました。
膨張し続ける宇宙、そしてこれから
現在では、「宇宙は膨張している」というのが科学における揺るぎない常識となっています。そして、その膨張は過去よりも速くなっている、つまり「加速膨張」していることが、1990年代後半の観測によって明らかになり、ノーベル物理学賞の対象となりました。この加速膨張の原因はまだ完全には解明されておらず、「暗黒エネルギー」と呼ばれる未知のエネルギーの存在が示唆されています。
このように、かつての「宇宙は不変である」という常識は、新しい観測技術と、それに基づいた理論によって完全に覆されました。この歴史は、科学における「常識」がいかに時代の制約や観測の限界によって形作られるか、そして、どのように新しい発見によって書き換えられていくかを示しています。
宇宙の探求は今も続いており、暗黒物質や暗黒エネルギーの正体、宇宙の始まりのさらに詳しい様子、そして宇宙の未来など、まだ多くの謎が残されています。今日の「常識」も、未来の新しい発見によってさらに洗練されたり、あるいは覆されたりするのかもしれません。科学の進歩とは、まさにこのような「常識」の訂正と、新しい理解の積み重ねの歴史だと言えるでしょう。
まとめ
私たちは、「宇宙は永遠に変わらない」という古い常識から、「宇宙は膨張し続けている」という現在の理解へと、壮大な宇宙観の転換点を歴史の中で経験しました。この変革は、アインシュタインの理論的な示唆と、ハッブルによる根気のいる観測という、理論と観測の両輪によってもたらされました。
科学は、固定された知識の集まりではなく、常に新しい証拠に基づいて自らを訂正し、より真実に近づいていくプロセスです。今回の宇宙膨張の事例も、私たちが謙虚に自然の声(観測データ)に耳を傾け、既存の常識にとらわれずに探求を続けることの重要性を示していると言えるでしょう。