科学誤謬訂正史

「宇宙は銀河系だけ」という「常識」はいかに覆されたか:アンドロメダが別の「銀河」だった大発見

Tags: 天文学, 宇宙論, 科学史, 銀河, ハッブル, アンドロメダ

私たちは今、広大な宇宙には数千億個もの銀河があり、それぞれが膨大な数の星々の集まりであることを知っています。しかし、ほんの100年ほど前まで、ほとんどの天文学者は「宇宙」とは私たちが住む天の川銀河のことだけであり、夜空に見える他の天体も全てその中に存在すると考えていました。今回は、「宇宙は銀河系一つだけ」という「常識」が、いかにして覆され、私たちの宇宙観が劇的に変わったのかをご紹介します。

「宇宙は天の川銀河そのもの」という旧常識

19世紀から20世紀初頭にかけて、望遠鏡の性能が向上するにつれて、夜空には星とは違ったぼんやりとした天体、いわゆる「星雲」がたくさん存在することが分かってきました。特に、アンドロメダ座の方向に見えるアンドロメダ星雲は、大きく明るいため古くから知られており、望遠鏡で見ると美しい渦巻き構造を持っていることが分かりました。

当時の多くの天文学者は、これらの星雲は私たちの天の川銀河の中にある、ガスや塵の雲、あるいは形成途中の星の集まりだと考えていました。なぜなら、宇宙は有限であり、その大部分が私たちの天の川銀河で構成されている、というのが当時の支配的な宇宙観だったからです。天の川銀河のサイズはまだ正確には分かっていませんでしたが、多くの星雲は天の川の中に収まるだろうと考えられていたのです。

「星雲の正体」を巡る大論争

しかし、一部の天文学者は、渦巻き状の星雲は天の川銀河よりもはるかに遠くにある、別の巨大な星の集まりではないか、つまり「島宇宙(外部銀河)」ではないかと推測していました。彼らは、これらの星雲が銀河系内部にある単なるガス雲にしてはあまりに規則的な構造を持っていること、そして中には非常に遠そうに見えるものがあることに注目していました。

1920年には、この「星雲論争」が頂点を迎えました。ハーロー・シャプレーという天文学者は、天の川銀河は非常に巨大であり、全ての星雲は銀河系内部にあると主張しました。一方、ヘバー・カーティスという天文学者は、アンドロメダ星雲のような渦巻き星雲は、私たちの銀河系とは独立した別の銀河であると主張しました。両者の意見は真っ向から対立し、公開討論会まで開かれましたが、決着はつきませんでした。必要なのは、星雲までの正確な「距離」だったのです。

宇宙の距離を測る「物差し」の発見

星までの距離を測ることは非常に難しい課題です。遠くにある暗い星は、近くにある暗い星なのか、それとも遠くにある明るい星なのか、見た目だけでは区別がつきません。しかし、宇宙の距離測定に革命をもたらす発見が、20世紀初頭になされました。

天文学者のヘンリエッタ・リービットは、小マゼラン雲という天体の中に含まれる「セファイド変光星」という種類の星を研究していました。セファイド変光星は、星の明るさが周期的に変化するという特徴を持っています。リービットは、このセファイド変光星の「明るさの変化する周期」が長い星ほど、「その星本来の明るさ(絶対等級)」が明るいという、驚くべき関係を発見したのです(1912年)。

これは非常に重要な発見でした。なぜなら、セファイド変光星を見つけさえすれば、その明るさの変化の周期を測ることで、その星が本来どれだけ明るいかが分かり、地球から見える明るさと比較することで、その星がどれだけ遠くにあるかを正確に計算できるようになったからです。セファイド変光星は、まるで宇宙の距離を測るための精密な「物差し」となったのです。

ハッブルの大発見:アンドロメダは「銀河」だった

リービットの発見から数年後、若き天文学者エドウィン・ハッブルが、アメリカのウィルソン山天文台にある当時世界最大だった100インチ望遠鏡を使って、アンドロメダ星雲の詳細な観測を始めました。彼の目的の一つは、アンドロメダ星雲の中にセファイド変光星を見つけ、その距離を測ることでした。

1924年、ハッブルはついにアンドロメダ星雲の中にセファイド変光星を発見し、その変光周期を丹念に測定しました。そして、リービットが発見した周期-光度関係を用いて、アンドロメダ星雲までの距離を計算したのです。

その結果は衝撃的なものでした。ハッブルが算出したアンドロメダ星雲までの距離は、当時の推定で約100万光年(現在のより正確な観測では約250万光年)でした。これは、当時の天の川銀河のサイズ(約数十万光年と考えられていた)をはるかに超える距離だったのです。もしアンドロメダ星雲が天の川銀河の中にあるとすれば、その距離は銀河系の直径よりもずっと小さいはずです。

この「ケタ違い」の距離は、アンドロメダ星雲が私たちの天の川銀河とは全く別の、そして私たちの銀河系と同じくらい巨大な、星の大集まりであることの決定的な証拠となりました。アンドロメダ星雲は、単なるガス雲ではなく、独立した「銀河」、すなわち「島宇宙」だったのです。

無数の銀河が広がる宇宙へ

ハッブルのこの発見は、科学界に激震をもたらしました。それは、「宇宙は天の川銀河だけである」という長年の「常識」が、根本から覆された瞬間でした。私たちの宇宙観は、一気にそのスケールを拡大したのです。

アンドロメダ星雲が別の銀河であることが分かったことで、夜空に見える他の多くの渦巻き状の星雲も、同様に遠くにある別の銀河であることが次々と明らかになっていきました。宇宙は、天の川銀河というたった一つの星の集まりではなく、アンドロメダ銀河のような無数の銀河が、広大な空間に散らばっている世界であることが分かったのです。

この発見は「銀河宇宙論」の幕開けとなり、その後の天文学、特に宇宙論の発展に計り知れない影響を与えました。ハッブルはその後、さらに多くの銀河までの距離を測定し、宇宙が膨張していることを発見するなど、現代宇宙論の基礎を築く偉大な功績を上げました。

まとめ:科学が変える世界の認識

「宇宙は銀河系一つだけ」という旧来の「常識」は、観測技術の進歩と、セファイド変光星という「宇宙の物差し」、そしてそれを活用したエドウィン・ハッブルの粘り強い観測と計算によって覆されました。たった一つの天体であるアンドロメダ星雲の正体が明らかになったことで、人類の宇宙に対する認識は劇的に変わったのです。

この事例は、科学の探求が、時に私たちが当たり前だと思っている世界の姿を根底から覆し、想像もしていなかった広がりを見せてくれることを示しています。正確な観測データに基づいた科学的な推論こそが、真実へと私たちを導いてくれるのです。私たちが今、宇宙の広大さやそこに存在する無数の銀河について語れるのは、このような科学史上の偉大な発見があったからなのですね。