科学誤謬訂正史

「地球は数千万年で冷えた」という「常識」はいかに覆されたか:放射性崩壊が明かした惑星の真の年齢

Tags: 科学史, 地球科学, 放射年代測定, ケルビン, 地質学

地球の年齢を巡る大論争:物理学の「常識」がひっくり返った瞬間

私たちが住む地球は、一体どれくらいの歴史を持っているのでしょうか。かつて、多くの文化や宗教においては、地球の年齢は比較的若い、数千年程度であると考えられていました。しかし、18世紀から19世紀にかけて地質学が発展するにつれて、長い時間をかけて堆積した地層や、広大な侵食地形の存在が明らかになり、地球の歴史は想像以上に悠久のものではないか、という考えが科学者の間で広まっていきました。

それでも、地質学的な観察に基づく推定は、具体的な数値として示すのが難しいものでした。そこに、当時の最先端科学である物理学から一つの答えが提示されます。19世紀を代表する偉大な物理学者、ケルビン卿(ウィリアム・トムソン)は、地球がかつて非常に高温の溶融状態から始まり、宇宙空間に熱を放出することで現在の姿に冷え固まった、というモデルを考えました。そして、熱力学の法則を用いて、地球が冷え始めてから現在までに経過した時間を計算したのです。

ケルビン卿の計算によると、地球が冷え固まるのに要した時間は数千万年程度(彼の計算は何度か改訂されましたが、一般的には2千万年〜4億年程度の範囲でした)であるという結論に至りました。熱力学という当時の強固な理論体系に基づき、明快な数値を示したケルビン卿の説は、多くの科学者、特に物理学者の間で非常に説得力があるものとして受け入れられ、「地球の年齢は数千万年である」という考え方が、新たな科学的「常識」として広く信じられるようになりました。地質学者や生物学者の中には、進化や地質変動にはもっと長い時間が必要だと考える人もいましたが、物理学の大家が示したこの数値に対して、確たる物理的な根拠をもって反論することは困難でした。

地球内部の熱源と「天然の時計」の発見

しかし、科学の歴史は常に新しい発見によって塗り替えられていきます。19世紀末から20世紀初頭にかけて、アンリ・ベクレルによるウランの放射能発見、そしてピエールとマリー・キュリー夫妻によるラジウムなどの新元素発見とその研究が進む中で、「放射能」という全く未知の現象の存在が明らかになりました。

放射能とは、特定の原子(放射性同位体)が、粒子や電磁波を放出しながら、別の原子へと自然に変化していく(崩壊する)現象です。さらに重要な発見として、この放射性崩壊の際に、熱が発生することが分かったのです。これは、地球の熱収支に関するケルビン卿の計算の前提を根本から覆す可能性を秘めていました。もし地球の内部に放射性元素が存在するならば、地球は単純に冷えていくだけではなく、内部で常に熱が作り出されていることになります。つまり、地球は「冷える一方の物体」ではなく、「内部で熱を発生させながら冷えていく物体」だったのです。

加えて、放射性崩壊の速度が、周囲の温度や圧力といった環境条件にほとんど影響されず、非常に安定しているという性質も明らかになりました。これは、放射性同位体がある一定のペースで「崩壊」というプロセスを進めることを意味します。親となる放射性同位体の量が半分になるまでの時間(半減期)がそれぞれ決まっているため、岩石の中に含まれる特定の放射性同位体と、それが崩壊してできた娘同位体の比率を調べることで、その岩石がいつできたのか、つまりどれくらいの時間が経過したのかを測定できるのではないか、というアイデアが生まれました。これが放射年代測定という画期的な技術の基礎となります。

新しい物理学が過去を解き明かす:数十億年への旅

放射能の発見を受けて、アーネスト・ラザフォードやフレデリック・ソディといった物理学者たちは、この新しい知見が地球の年齢推定にどう応用できるかを考え始めました。特に、イギリスの地質学者アーサー・ホームズは、ウランが最終的に鉛に崩壊することを利用した年代測定法(ウラン・鉛法)を確立し、実際の岩石サンプルに適用する研究を精力的に行いました。

ホームズが世界各地の古い岩石を測定した結果は、ケルビン卿の計算した数千万年とは全く桁が違う、数億年、さらには数十億年という途方もない時間を示しました。当初、この新しい測定結果に対して懐疑的な声もありましたが、放射年代測定法の精度が向上し、複数の測定方法や異なる地域の岩石で同様の結果が得られるにつれて、その信頼性は揺るぎないものとなっていきました。

こうして、放射能という新しい物理現象の発見と、それを利用した放射年代測定法の確立によって、ケルビン卿の熱計算に基づいた地球年齢の「常識」は覆されました。地球内部に存在する放射性元素からの熱発生を見落としていたことが、彼の計算が実際の地球の年齢を大幅に過小評価していた原因だったのです。

現在では、放射年代測定法は地球科学や宇宙科学において不可欠なツールとなっています。特に、地球が誕生した当時の物質であると考えられる隕石の年代測定などにより、地球や太陽系がおよそ46億年前に誕生したということが、科学的な共通認識として確立されています。この46億年という時間スケールは、生命の進化や壮大な地質活動の歴史を理解する上で、揺るぎない基盤となっています。

科学的「常識」のダイナミズム

「地球は数千万年で冷えた」というかつての科学的「常識」が、放射能という新しい現象の発見によって大きく書き換えられた歴史は、科学の営みが常に進化し続けるものであることを教えてくれます。ある時代の最も確からしい知識や理論に基づいた「常識」も、未知の現象が発見されたり、新しい技術が生まれたりすることによって、見直され、より真実に近い理解へと更新されていくのです。

私たちが今、教科書やメディアで学んでいる科学的な知識も、将来の新しい発見によって、さらに精密になったり、あるいは全く異なる見方が提示されたりする可能性を秘めています。科学は、決して固定されたものではなく、常に問い続け、探求し続けるダイナミズムを持っています。そして、異なる分野の知見が結びつくことで、思いもよらないブレークスルーが生まれることがある、ということも、この地球の年齢を巡る歴史は示唆しているのではないでしょうか。