科学誤謬訂正史

「空は燃えている」という「常識」はいかに覆されたか:流星の正体、天からの石の発見へ

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夜空を走る光の筋、かつての常識

夜空を見上げていると、ふと一筋の光が瞬く間に流れて消えることがあります。これが「流星」と呼ばれる現象です。古くから人々は、この美しい、あるいは時に不気味な光を眺め、様々な想像を巡らせてきました。

「星が流れた」「空が燃えている」といった素朴な印象は、やがて一つの「常識」として形作られていきます。それは、流星が天空の遠い宇宙で起こる現象ではなく、地球の大気の中で発生する、燃える空気や蒸気のようなものだという考え方でした。

この「常識」は、古代ギリシャの哲学者アリストテレスに端を発すると言われています。彼は、月より上の天体は完全で不変な「エーテル」で構成されており、変化はすべて月下の世界、すなわち地球とその大気圏内で起こると考えました。流星や彗星、さらには天の川さえも、アリストテレスにとっては地上の気象現象や大気中の現象の一部だったのです。彼の権威は中世ヨーロッパでも絶大であり、この考え方は長い間、科学的な「常識」として受け入れられていました。空を流れる光は、地上の湿った空気が大気上層で熱せられて燃える現象、あるいは地上の炎が立ち上ったものだと説明されたのです。

地上への落下物、常識への疑問符

しかし、こうした「大気現象説」に対し、次第に疑問が投げかけられるようになります。そのきっかけとなったのは、地上に落下する奇妙な「石」の存在でした。古来より、天空から石が降ってくるという話は世界各地に伝わっていましたが、多くは迷信や伝説として片付けられていました。

科学者たちがこれらの落下物に真剣に目を向け始めたのは、18世紀も終わりに近づいてからのことです。特に注目されたのが、1794年にイタリアのシエナ近郊で起こった隕石落下でした。多数の目撃者がおり、落下した石も回収されました。イタリアの鉱物学者キルドリニは、この石を詳細に調査し、地球上には存在しない、あるいは極めて稀な鉱物組成を持っていることを突き止めました。彼は、この石が宇宙から降ってきたものだと結論付け、科学界に報告します。

ところが、当時の主流であった「流星大気現象説」を信じる人々は、キルドリニの報告を一笑に付しました。フランス科学アカデミーのような権威ある学会でさえ、「空から石が降るなどありえない」として、彼の説を認めようとしませんでした。落下した石は、雷が地上を打った際に地上の物質が溶けて固まったものだとか、単なる変わった形の岩石にすぎない、と考えられたのです。人々は、自分たちの信じる「常識」にそぐわない事実は、頑なに否定しようとする傾向があったと言えます。

決定的な証拠:レーグル隕石雨

「空から石が降る」という現象が、単なる迷信や偶然ではないことを決定的に証明し、流星に関する「常識」を大きく覆す出来事が起こります。それは1803年4月26日、フランス北部のレーグル(L'Aigle)で観測された大規模な隕石雨でした。

この日、レーグルの上空で大きな火球が現れ、爆発音とともに多数の石が広い範囲に降り注ぎました。目撃者は3000人にも及び、落下した石は3000個とも言われています。この前例のない現象に対し、フランス科学アカデミーは、若き物理学者ジャン=バティスト・ビオに調査を命じました。

ビオは現地に赴き、落下範囲、目撃者の証言、そして落下した石(隕石)を徹底的に調査しました。彼は、石が広範囲に散らばっていること、多くの人々が空中で火球が割れるのを目撃していること、そして落下した石がシエナの隕石と同様に地球上には見られない独特の性質(黒い外皮、特定の鉱物組成など)を持つことを確認しました。

ビオは、これらの証拠に基づき、「レーグルに落下した石は、大気圏外から飛来した物質である」と結論付けた報告書を作成しました。この報告は、フランス科学アカデミーの権威をもって発表されたため、それまで頑なに「空から石が降る」ことを否定していた科学者たちも、認めざるを得なくなりました。

現在の理解:宇宙からの塵と石

ビオの報告は、流星と落下する石(隕石)が、地球の大気圏外、つまり宇宙空間から来る物質と関連があることを強く示唆しました。これを契機に、流星や隕石の研究は本格化し、その正体に関する科学的な理解は大きく進展します。

現在、私たちは流星がどのように発生するのかを明確に理解しています。流星とは、宇宙空間を漂う非常に小さな塵や、時には小石程度の大きさの「流星物質」が、秒速数十キロメートルという猛スピードで地球の大気圏に突入する際に、大気との激しい摩擦によって加熱され、発光する現象です。多くの流星物質は、大気中で燃え尽きてしまいますが、比較的大きなものが燃え尽きずに地上まで到達したものが「隕石」と呼ばれています。

流星物質の多くは、かつて彗星や小惑星だった天体から放出された破片であることも分かっています。特定の時期に多くの流星が見られる流星群は、地球が彗星の軌道に残された塵の帯を通過する際に起こる現象です。

「空は燃えている」から「宇宙からの贈りもの」へ

アリストテレス以来、長い間信じられてきた「流星は大気中の燃焼現象である」という「常識」は、地上に落下した「石」、すなわち隕石の科学的な調査によって覆されました。レーグル隕石雨とその後のビオの調査は、その常識転換における決定的な瞬間だったと言えるでしょう。

流星や隕石の正体が明らかになったことは、単に夜空の光の筋の理解が変わっただけでなく、宇宙に対する私たちの認識そのものも変えました。宇宙は静的な不変の世界ではなく、物質がダイナミックに動き、時には地球にも物質をもたらす場所であるという理解へと繋がったのです。

流星物質の分析は、太陽系がどのように形成され、どのような物質でできているのかを知る貴重な手がかりを与えてくれます。夜空を流れる一筋の光は、もはや単なる大気現象ではなく、遠い宇宙からのメッセージ、あるいは文字通り「宇宙からの贈りもの」として、私たちに科学的探究の喜びと宇宙へのロマンを与え続けているのです。科学は、こうした目の前の現象に対し、安易な「常識」にとらわれず、証拠に基づき真摯に問い続けることで発展していく、ということを流星の歴史は教えてくれます。