「太陽系の惑星は9個」という「常識」はいかに覆されたか:冥王星の「降格」と新しい惑星定義
太陽系に「9つの惑星」がある、それはかつての常識でした
私たちが学校で習った頃、太陽系には9つの惑星があると教わった方は多いのではないでしょうか。「水金地火木土天海冥」という語呂合わせで覚えた記憶があるかもしれません。冥王星(プルート)は、1930年に発見されて以来、長い間、太陽系の9番目の惑星として確固たる地位を占めていました。教科書にも、図鑑にも、宇宙に関する書籍にも、当然のように9つの惑星が紹介されていました。
当時の人々にとって、太陽系にはこれらの天体が存在し、それぞれが太陽の周りを公転している、というのは紛れもない「常識」だったのです。では、なぜ冥王星は惑星の座から降りることになったのでしょうか。それは、科学の知見が深まり、新しい発見が相次いだことによって、古い「常識」が見直されることになった科学史上の重要な出来事の一つと言えるでしょう。
冥王星の発見とその背景
冥王星の探査が始まったのは、天王星や海王星の軌道のわずかな「ずれ」からでした。天文学者たちは、これらの惑星の軌道を計算した際、未知の天体による重力の影響があるのではないかと推測しました。これが「第9惑星」探しのきっかけとなったのです。
アメリカの天文学者、パーシバル・ローウェルらが探査を進め、その予測に基づいて計算された位置を重点的に観測しました。そして、ローウェルの死後、彼の天文台で働いていたクライド・トンボーによって、1930年に冥王星が発見されたのです。この発見は大きなニュースとなり、太陽系に新しい仲間が増えたとして歓迎されました。当時の観測技術では、冥王星の姿は非常に小さく、遠くにあるため、その正確な大きさや質量を知ることは困難でした。しかし、海王星の軌道に影響を与えるほどの重力を持つ「第9惑星」だと期待されていたため、発見当時は地球と同程度か、それ以上の質量を持つと考えられていた時期もありました。こうして、冥王星は「第9惑星」として太陽系の惑星リストに加えられたのです。
新しい発見が常識に疑問を投げかける
しかし、時が経ち、観測技術が飛躍的に向上すると、冥王星に関する新しい事実が次々と明らかになっていきました。特に大きな変化をもたらしたのは、冥王星の正確な質量が測定できるようになったことです。その結果、冥王星の質量は当初の予測よりはるかに小さく、月のわずか6分の1程度、地球の500分の1程度しかないことが判明しました。これは、海王星の軌道に観測されたずれを引き起こすには、あまりに小さすぎる質量でした。(ちなみに、海王星の軌道のずれは、その後の観測精度の向上や計算の見直しによって、第9惑星の存在を仮定しなくても説明できることが分かっています。)
さらに、1990年代以降、冥王星の軌道に近い太陽系外縁部、「エッジワース・カイパーベルト」と呼ばれる領域で、数多くの氷天体が発見され始めました。これらの天体の中には、冥王星に匹敵する大きさを持つものや、さらには冥王星よりも大きい可能性のある天体(例えば、2005年に発見されたエリス)も見つかるようになりました。
もし冥王星を惑星とするならば、これらの新しく見つかった天体もすべて惑星に含めるべきではないか?しかし、それでは太陽系の惑星の数が急増し、数えきれないほどになってしまいます。この状況は、従来の「惑星」という分類の基準が曖昧であり、新しい科学的知見に合わなくなってきていることを示唆していました。「太陽系の惑星は9個」という「常識」は、こうした新しい発見によって、根本から揺るがされることになったのです。
科学界の議論と惑星定義の変更
この混乱に終止符を打つため、国際天文学連合(IAU)は、2006年にチェコのプラハで開催された総会で、惑星の定義について徹底的な議論を行いました。様々な意見が出ましたが、最終的には投票によって新しい惑星の定義が採択されました。
新しい定義では、惑星は以下の3つの条件をすべて満たす天体と定められました。
- 太陽の周りを公転していること。
- 自己重力によって球形に近い形を保てるほど十分な質量を持っていること。
- 自分の軌道の周辺から他の天体を排除していること(「軌道上から他の天体を掃き集めている」とも表現されます)。
この新しい定義を冥王星に当てはめてみると、条件1と2は満たしていますが、条件3を満たしていないことが明らかになりました。冥王星の軌道上には、エッジワース・カイパーベルトの多くの天体が存在しており、それらを排除するほど支配的な天体ではなかったのです。
その結果、冥王星は惑星ではなく、「準惑星(じゅんわくせい、dwarf planet)」という新しいカテゴリーに分類されることになりました。IAUは他にも、セレス(火星と木星の間にある小惑星帯最大の天体)、エリス、マケマケ、ハウメアといった天体も準惑星に分類しています。
この決定は、多くの人々に衝撃を与えました。「慣れ親しんだ9番目の惑星がリストから消えるのか」と、戸惑いや反対の声も上がりました。しかし、これは特定の天体を「降格」させるためではなく、観測技術の進歩によって明らかになった太陽系外縁部の多様な天体群を適切に分類し、太陽系の理解を深めるために必要な科学的な一歩だったのです。
現在の太陽系の理解
現在の科学では、太陽系の惑星は8個(水星、金星、地球、火星、木星、土星、天王星、海王星)であると定義されています。冥王星を含む準惑星は、惑星とは異なるカテゴリーとして扱われています。準惑星は、惑星ほど大きくはありませんが、小惑星や彗星よりも大きく、独自のカテゴリーを持つにふさわしい天体群です。
この惑星定義の見直しは、太陽系、特にその外縁部に対する私たちの理解が深まったことの証でもあります。かつては想像もできなかったほど、太陽系の果てには多くの天体が存在していることが分かってきました。惑星の定義が変わったことは、宇宙の知識が固定されたものではなく、新しい発見に基づいて常に更新されていく、科学のダイナミックな性質を示しています。
まとめ:常識は変わりうるもの
「太陽系の惑星は9個」という「常識」が覆された冥王星の事例は、科学における「常識」がいかに一時的なものであり、新しい発見やより正確な観測によって常に検証され、場合によっては訂正されていくものであるかを雄弁に物語っています。
科学は、絶対的な真理を最初から知っているわけではありません。探求し、観測し、考え、議論を重ねることで、少しずつ、しかし着実に、私たちの宇宙に対する理解を深めていきます。かつて「常識」だったことが、新しい知見によって見直される。この過程こそが、科学の発展そのものなのです。私たちが学ぶ知識もまた、この科学の絶え間ない進歩の上に成り立っていることを、この冥王星の物語は教えてくれていると言えるでしょう。