「脳ではなく心臓が思考の中枢」という「常識」はいかに覆されたか:心臓中心説から脳中心説へ
鼓動に宿ると考えられた知と心:心臓が思考の中心だった時代
今でこそ、「考える」のは脳の働きであり、感情も脳の中で生まれるということが科学的な常識となっています。しかし、長い歴史の中で、人間が知性や感情の宿る場所だと考えていたのは、脳ではなく「心臓」でした。
心臓は常にドクドクと脈打っていますし、喜びや怒り、悲しみを感じたときには鼓動が速くなったり、胸が苦しくなったりと、感情と密接に結びついているように感じられます。また、心臓が止まれば生命活動も停止することから、「生きる力の源」だと考えられたのも自然なことかもしれません。
古代エジプトでは、死者のミイラを作成する際に、脳は取り出して捨ててしまいましたが、心臓はあの世での審判のために体内に残しておくべき重要な臓器だとされていました。また、古代ギリシャの哲学者アリストテレスも、心臓こそが感覚や知性、感情の中心であり、脳は単に心臓を冷やすための機関にすぎないと考えていました。このように、「心臓=思考・感情の中枢」という考え方は、世界中で長い間、強い影響力を持っていたのです。
冷たくて目立たなかった脳:なぜ心臓が選ばれたのか
なぜ、当時の人々は心臓にそれほどの重要性を見出し、脳を軽視したのでしょうか。
一つには、心臓の活動が誰にでも感じられる明確な生命のサインであったことが挙げられます。前述のように、脈拍や鼓動は生きていることを実感させますし、感情が高ぶればその変化はさらに顕著になります。一方で、脳の活動は直接的に感じることができません。脳は外から見ても特別な動きをしているようには見えず、解剖してみても、心臓のように拍動しているわけでもありませんでした。
また、脳は比較的冷たく、古代の医学や哲学では、熱いものが活発で生命力に溢れると考えられがちでした。冷たい脳は、知性や感情といった活発な精神活動を司る場所としては不向きだと見なされたのです。さらに、脳を損傷しても、すぐに死に至るとは限らない場合があったことも、脳の重要性を見誤らせる一因となったかもしれません。
このように、当時の人々が持っていた身体に関する知識や、観察できる現象、そして哲学的な考え方が組み合わさって、「心臓=精神活動の中枢」という常識が形作られていったと考えられます。
脳の重要性への気づき:解剖と観察が扉を開く
しかし、古代においても、心臓中心説に疑問を投げかける人々はいました。例えば、古代ギリシャの医師ヒポクラテスやアルクマイオンは、脳こそが感覚や思考、感情の源であると唱えていました。彼らは、脳の損傷が精神的な問題を引き起こすことや、感覚器官が脳とつながっているらしいことに気づいていたのです。
その後の医学史において、脳の役割の理解を大きく前進させた人物の一人が、2世紀のローマの医師ガレノスです。彼は動物の解剖を数多く行い、脳の構造を詳細に観察しました。特に、脳にある空洞(脳室)や、脳から全身に伸びる神経の存在に注目しました。彼は、感覚や運動の信号が脳と体の間を神経を通じて行き来していることを理解し、脳がこれらの活動に深く関わっていることを実証的に示しました。ガレノス自身は、まだ脳室に精神機能があると考えていましたが、彼の研究は脳の重要性を疑いようのないものにしたのです。
常識の転換点:解剖学革命と近代科学の夜明け
中世を経て、ルネサンス期になると、人体解剖が再び盛んに行われるようになります。アンドレアス・ヴェサリウスのような優れた解剖学者は、ガレノスの時代よりもさらに精密な人体の構造図を作成しました。これにより、脳と神経系の構造、そしてそれらが体の各部位とどのように連携しているのかが、より明確に理解されるようになりました。
神経が感覚情報や運動指令を伝える「線」のようなものであること、そしてその線の多くが脳に行き着く、あるいは脳から始まっていることが明らかになるにつれて、脳こそが体の司令塔であり、思考や感情といった精神活動の中心であるという考え方が、徐々に確固たるものとなっていきました。
18世紀、19世紀と時代が進むにつれて、生理学や神経学が発展し、脳の様々な部位が異なる機能を担っていること(機能局在論)が研究されるようになります。脳の損傷部位によって失われる機能が異なることや、脳の特定部位を刺激することで特定の反応が起きることなどが、実験や臨床例の積み重ねによって明らかになっていきました。
現代の理解へ:脳科学の驚異的な進歩
こうして、かつての「心臓=思考の中心」という常識は完全に覆され、脳こそが人間の知性、感情、意識、記憶といったあらゆる精神活動を司る中枢であるという現代の科学的理解が確立されました。
現在の脳科学は、ニューロン(神経細胞)と呼ばれる数千億個もの細胞が複雑なネットワークを作り、電気信号や化学物質を使って情報伝達を行っていることを明らかにしています。脳の様々な部位が連携し、それぞれ異なる役割を果たすことで、私たちは考え、感じ、行動することができるのです。もちろん、心臓も生命維持に不可欠なポンプとしての重要な役割を担っていますが、それは主に血液循環という物理的な機能であり、思考や感情といった精神的な働きは脳が行っているのです。
科学的探究が常識を更新する
心臓中心説から脳中心説への転換の歴史は、科学的な「常識」がいかに観察、実験、そして批判的な思考によって訂正されていくかを示す好例と言えるでしょう。目に見える現象や直感だけにとらわれず、地道な解剖や実験によって得られた客観的な証拠が、古い常識を塗り替え、新しい、より正確な理解を築き上げていきました。
私たちの体に関する理解一つをとっても、これほどまでに大きく変わってきた歴史があるのです。これは、科学的な知識が常に変化し、より真実に近づこうと努力し続けている証でもあります。新しい発見や技術によって、今日の常識も未来には変わっている可能性を秘めている。そう考えることは、知的な探求心を刺激し、世の中の情報を鵜呑みにせず、科学的な根拠に基づいて考えることの大切さを改めて教えてくれます。