科学誤謬訂正史

「地球の中心は空洞」という「常識」はいかに覆されたか:地震波が明かした地球内部構造

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地球の中心は空洞?かつての冒険心をかき立てた「常識」

私たちの足元、この地球の内部がどうなっているのか。太古から人々は想像を巡らせてきました。地下深くには神秘的な世界が広がっているのではないか、あるいは巨大な空洞があるのではないか、といった考えは、科学が未発達な時代だけでなく、比較的近代になっても根強く信じられていました。

たとえば、19世紀フランスの小説家、ジュール・ヴェルヌの有名なSF小説「地底旅行」では、地球内部への壮大な冒険が描かれています。巨大な洞窟、太古の生物、地下の海など、それはまさに多くの人が抱いていた「地球の内部は空洞に違いない」という空想を刺激するものでした。このような物語が生まれた背景には、当時の科学では地球の内部を直接観測する手段がなかったこと、そして人間の飽くなき探究心と想像力がありました。

なぜ「地球空洞説」は生まれたのか

なぜ、このような地球空洞説が「常識」として、あるいは有力な説として広まったのでしょうか。最も大きな理由は、地球の内部がまったくの未知だったからです。私たちは地面を掘り進むことはできますが、せいぜい数キロメートルが限界です。地球の中心まで約6400キロメートルもあることを考えると、その深さは想像もつかない世界でした。

直接見ることができないものを理解しようとするとき、人は身近なものからの類推や、論理的な飛躍に頼りがちです。地球が球体であることは古代から知られていましたが、その中心がどうなっているかを証明する術はありませんでした。また、地球の平均密度が地表の岩石の密度よりもかなり大きいことはわかっていましたが、それが内部が高密度の物質でできている証拠だとは、すぐには結びつきませんでした。むしろ、表面は軽くても中心が空洞であれば、全体として平均密度を説明できるのではないか、という推測も成り立ち得ました。

さらに、世界各地の神話や伝説には、地下世界や地底への入り口が登場します。こうした文化的背景も、地球内部への想像力をかき立て、空洞説を受け入れやすい土壌を作っていたと言えるでしょう。

地震波が語り始めた地球内部の物語

しかし、科学の進歩は、目に見えない地球内部の真実を少しずつ明らかにし始めました。その鍵となったのが、地震です。

地震が発生すると、地球内部を様々な種類の揺れ(地震波)が伝わります。地面を伝わる波だけでなく、地球の奥深くを通り抜ける波もあります。20世紀初頭、地震計の性能が向上し、世界中で発生する地震の波形を精密に観測できるようになると、科学者たちはあることに気づきました。それは、地震波が地球内部を伝わる速さや経路が、場所によって、あるいは深さによって変化するという事実です。

もし地球の内部が均一な物質で満たされていたり、巨大な空洞があったりするなら、地震波は一定の速さで真っすぐに進むか、空洞では伝わらないかのどちらかでしょう。しかし、観測された地震波は、地球の内部で反射したり、屈折したり、種類によっては特定の場所で消えてしまったりしました。これは、光や音の波が、空気と水の間で曲がったり(屈折)、壁にぶつかって跳ね返ったり(反射)するのと似ています。つまり、地球の内部は均一ではなく、性質の異なるいくつかの層に分かれていることを示していたのです。

地震波の「影」が暴いた核の存在

地震波の研究が進む中で、地球内部の構造を決定づける重要な発見が相次ぎました。

1909年、クロアチアの地震学者アンドリヤ・モホロビチッチは、浅い地震の波形を分析し、地殻とマントルの間に地震波の速度が急変する面があることを発見しました。これは現在、「モホロビチッチ不連続面」(略してモホ面)と呼ばれています。これは、地球が表面から深部へかけて異なる性質の層を持っている最初の明確な証拠でした。

さらに研究が進み、地球内部にはもっと大きな不連続面があることが明らかになります。特に重要な発見は、特定の地震波であるS波(横波)が、地表の反対側に全く伝わらない領域があることでした。P波(縦波)は伝わるのに、S波は伝わらない。これは何を意味するのでしょうか。

ここで物理学の知識が役立ちます。P波は固体でも液体でも気体でも伝わる波ですが、S波は固体の中しか伝わることができません。液体や気体の中では、S波のような「ずれる」揺れは伝わらないのです。地震計のデータは、地球の深部、具体的には深さ約2900キロメートルより内側には、S波が伝わらない、つまり液体のような状態の領域が存在することを明確に示していました。これが、地球の外核が液体であるという現在の理解につながる決定的な証拠となったのです。

この液体である外核の存在は、地球の内部に広大な空洞があるという説を完全に否定しました。もし空洞なら、P波もS波もそこを通過することはできません。地震波のデータは、空洞ではなく、高密度の物質が層をなして詰まっていることを強く示唆していたのです。

その後も地震波の研究は進み、外核のさらに内側、深さ約5100キロメートルより内側には再びS波が伝わる固体状の領域があることが発見されました(これはインゲ・レーマンによる1936年の発見です)。これが現在の内核にあたります。

現在の理解:タマネギのような地球内部構造

地震波による探査の結果、現在の科学では地球内部が以下のような層構造になっていることが定説となっています。

これらの層は、地震波が伝わる速度や方法が異なることから特定されました。まるで医師が聴診器で体内の様子を探るように、科学者たちは地震波を「聴く」ことで、直接見ることのできない地球の内部構造を明らかにしたのです。

まとめ:見えない世界を探る科学の方法

「地球の中心は空洞」という魅力的な、しかし間違った「常識」は、地震波という間接的な証拠の精密な分析によって覆されました。この歴史は、科学がいかにして未知の世界を探求していくかを示しています。

私たちは、直接触れたり見たりできない対象についても、そこで起こる現象を注意深く観察し、その現象を引き起こしている原因を論理的に推論することで、真実に迫ることができます。地球内部の探求における地震波の利用は、まさにこの科学的方法論の勝利と言えるでしょう。

かつて空想上の冒険の舞台だった地球内部は、今では科学的なデータに基づいて理解される高圧・高温の世界です。それはヴェルヌの描いた世界とは異なりますが、見えないものを明らかにする科学の探求もまた、それに劣らずスリリングな冒険だと言えるのではないでしょうか。科学は、私たちの想像を超える真実を、常に私たちに提示してくれるのです。