科学誤謬訂正史

「大陸は動かない」という「常識」はいかに覆されたか:大陸移動説とプレートテクトニクス

Tags: 大陸移動説, プレートテクトニクス, 地球科学, 科学史, ウェーゲナー

不動の大地という常識

私たちが暮らす大地、その広大な広がりを持つ大陸は、太古の昔から変わらずそこにある、不動の存在だと長く信じられてきました。地球の表面は硬く、人間には想像もできないほど巨大な大陸が、簡単に動くはずがないと考えるのは、ごく自然な感覚だったでしょう。地図を眺めていると、南アメリカ大陸の東海岸とアフリカ大陸の西海岸の形が、まるでパズルのピースのようにぴったり合うことに気づく人もいましたが、これは単なる偶然、あるいは「神のいたずら」のようなものだと片付けられていました。地球は堅牢で動き得ないもの、というのが、科学的な常識としても長らく受け入れられていたのです。

なぜ「動かない」が常識だったのか

大陸が動かないという考えが定着していた背景には、当時の科学的な知見の限界がありました。地球内部の構造はほとんど分かっておらず、大陸を動かすほどの巨大なエネルギーがどこから来るのか、どのようなメカニズムで動くのか、全く説明ができませんでした。地質学の研究も進んでいましたが、主な関心は地層の積み重なりや山脈の成り立ちといった「垂直方向」の変化にあり、「水平方向」の大規模な移動という発想は生まれにくかったのです。多くの科学者は、地球の収縮によって山脈ができた、といった別の理論を支持していました。何より、巨大な陸塊が地球の表面を移動するという考えは、当時の物理学や地質学の知識とあまりにかけ離れており、非現実的だと見なされていたのです。

大陸移動説の提唱:アルフレッド・ウェーゲナーの洞察

この強固な「不動の大陸」という常識に、一石を投じたのが、ドイツの気象学者アルフレッド・ウェーゲナーでした。彼の専門は地質学ではありませんでしたが、偶然目にした論文で、大西洋を挟んだ大陸間で発見される化石や地層の類似性に関心を持ち、地球の歴史を深く探求し始めました。

ウェーゲナーは、単なる海岸線の形の類似だけではなく、さらに多くの証拠を集めました。

これらの証拠から、ウェーゲナーは「太古の地球では、現在の大陸はパンゲアという一つの巨大な超大陸としてまとまっていたが、それが分裂し、長い時間をかけて現在の位置まで移動してきた」という大陸移動説を1912年に提唱しました。

抵抗と沈黙の時代

ウェーゲナーの説は、当時の学会に大きな衝撃を与えましたが、残念ながらすぐに広く受け入れられることはありませんでした。主な理由は、大陸を動かす「原動力」が全く説明できなかったことにあります。彼は、地球の自転による遠心力や潮汐力が原因ではないかと考えましたが、当時の物理学者の計算では、それらの力は大陸を動かすほど強くはないことが示されました。専門外の気象学者が提唱した説であること、そして最も重要な「なぜ動くのか」が不明瞭だったため、多くの地質学者や物理学者から強い批判を受け、やがて彼の説は多くの科学者にとって忘れ去られた存在になっていきました。ウェーゲナー自身も、その後の極地探検中に命を落とし、大陸移動説はしばらく日の目を見ませんでした。

プレートテクトニクス理論の誕生と常識の訂正

しかし、第二次世界大戦後、海底探査技術が飛躍的に発展すると、状況は一変します。音波探査によって海底の地形が詳細に調べられるようになり、大西洋の真ん中に巨大な山脈(中央海嶺)が連なっていることや、海溝と呼ばれる深い溝があることなどが明らかになりました。さらに、海底の地磁気を測定すると、中央海嶺を挟んで磁気の方向が縞模様のように反転していることが発見されました。これは、中央海嶺で新しい海底の地殻が次々と生成され、両側に広がっていく(海底拡大説)強力な証拠となりました。

これらの新しい発見と、地震学による地震の震源の分布や、地球内部の構造に関する研究の進展が合わさることで、ウェーゲナーの孤独な仮説は息を吹き返しました。1960年代に入ると、地球の表面はいくつかの硬い岩盤(プレート)に分割されており、これらのプレートが地球内部の対流によって年間数センチメートルずつ、ゆっくりと移動しているというプレートテクトニクス理論が提唱されます。

この理論は、ウェーゲナーが示した大陸の移動だけでなく、地震や火山活動、山脈の形成といった様々な地球の活動を統一的に説明することができました。「なぜ動くのか」という最大の疑問も、マントル対流という形で説明されたことで、科学者たちの間に急速に受け入れられていきました。

現在の理解と科学の教訓

現在、プレートテクトニクス理論は、地球科学における揺るぎない基礎理論となっています。GPS(全地球測位システム)などを用いた精密な測量によって、現在も大陸が実際に年間数センチメートルという速度で移動し続けていることが観測によって確認されています。かつての「不動の大陸」という常識は完全に覆され、地球の表面は絶えず変動しているダイナミックなシステムであるという理解が定着しました。

この大陸移動説からプレートテクトニクス理論に至る科学史のエピソードは、「常識」がいかに当時の知識や技術に縛られているか、そして新しい証拠が現れたとき、たとえそれが当初は受け入れられなくても、やがて真実が明らかになり、科学的な理解が大きく訂正されていく過程を示しています。ウェーゲナーのように、分野を超えた広い視野と、既存の常識にとらわれない柔軟な発想が、科学のブレークスルーにつながることを教えてくれる事例でもあります。

私たちは今、動いている大地の上に立っているのです。そして、未来の科学は、さらに私たちの「常識」を塗り替えていくのかもしれません。